東京地方裁判所 平成10年(ワ)23016号 判決
原告 A
右訴訟代理人弁護士 木幡尊
同 小野薫
被告 日本プロボクシング協会
右代表者会長 原田政彦
右訴訟代理人弁護士 横堀晃夫
右訴訟復代理人弁護士 横堀太郎
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告と被告間において、原告が被告の正会員であることを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二事案の概要
一 当事者間に争いのない事実
1 被告は世界ボクシング界と日本ボクシング界の接点となり、地区会及び会員の品位の保持と改善進歩を図るため、地区会及び会員の連絡及び指導監督に関する業務を行うことを目的として設立された権利能力なき社団であり、原告は、昭和四三年ころから京浜川崎ボクシングジム(以下「京浜川崎ジム」という。)を会長として経営し、被告設立後その正会員となった。
2 被告は、平成九年一月一三日、常任理事会の決議により原告を除名処分とし(以下「本件除名処分」という。)、原告が被告の正会員たる地位にあることを争っている。
二 当事者の主張
1 原告の主張
(一) 本件除名処分は、以下の理由により、無効である。
(1) 本件除名処分は、その根拠規定を欠き無効である。
すなわち、被告は、その協会会則(以下「本件会則」という。)第三七条において、「会員の資格審査又は懲戒に関する事項」について常任理事会で審議すると定めているが、同会則において懲戒の種類及び種類に対応する懲戒理由については規定されていない。
そのうえ、本件会則四条、八条、一一条は、被告の内部の統制的規定であり、原告の一般犯罪による逮捕は、除名事由とはなり得ない。
(2) 本件除名処分は、その手続に違法があり、無効である。
すなわち、被告は、右除名処分の決議を原告に通知せず、本件除名処分に当たり、原告の弁明を聴く機会を与えなかった。
(3) 本件除名処分は、著しく重く、権衡を失しており、懲戒権の濫用に当たり、無効である。
すなわち、本件除名処分の発端となった横領事件は、原告の友人の友人が経営する会社の損害賠償交渉について、原告が、友人の依頼を受け、意見を述べる等好意的に援助したところ、右会社経営者の行った横領行為について一連託生の責任を負わされ、逮捕、起訴されて、有罪判決を受けたものであり、原告は金銭を全く受領していない。しかし、被告は、原告逮捕の誇大報道に過剰反応して、原告の起訴後一か月も経たずに本件除名処分に至ったものである。
また、被告会員で、過去、一般犯罪により逮捕され、新聞報道された者で被告から除名処分を受けた者はいないし、本件除名処分の理由とされた原告の行為の違法性が前記のように軽微であるのに対し、本件除名処分は、ボクシングジム経営者に対し、自己所属のボクサーについて対戦相手を選定して試合に出場させる等の活動を不可能とし、職業選択の自由を奪う重大な不利益を与えるものであるので、処分の権衡を失する。
そのうえ、本件除名処分は、平成六年三月実施の被告会長選挙において、原告が選挙管理委員長として現会長の当選無効を主張したことに対する報復である。
(4) なお、原告は、貴協会の名誉を汚す如き行為があった場合はいかなる処分も甘受する旨が記載された被告主張の入会書により、入会申込みをしたことはない。
(二) よって、原告は、被告に対し、原告が被告の正会員たる地位にあることの確認を求める。
2 被告の主張
本件除名処分に違法はなく、被告は、右処分により、被告の正会員たる地位を失った。
(一) 原告は横領事件の共同正犯として平成八年一一年二八日、逮捕され、その事実は新聞等に報道された。
原告の行為は、工場の労災の慰謝料請求の示談に介入し、会社から遺族に支払われるべき慰謝料を横領したというものであり、被告の会員としての信用及び被告の団体としての社会的信用を著しく毀損する行為であり、会員に対し信用を保持すべき義務を課した本件会則八条、一〇条、一一条に違反する重大な行為であるので、本件除名処分には正当の事由がある。
また、原告は、被告の母体となった東日本ボクシング協会に昭和四八年入会したが、その入退会規則と一体を成す入会申込書には、貴協会の名誉を汚す如き行為があった場合はいかなる処分も甘受する旨が記載され、原告も右入会書を提出したこと、原告は、平成八年一二月二四日、財団法人日本ボクシングコミッション(以下「JBC」という。)からプロモーターライセンスの無期限停止処分を受け、本件会則所定の登録要件を欠いたこと(一三条三項五号)からしても、本件除名処分は有効である。
(二) 本件会則三七条は、被告の常任理事会に対し、会員に対する懲戒処分をすることができることを前提として懲戒処分の内容を含めてこれを決定する権限をその裁量に委ねており、本件除名処分は、(一)の行為について、右裁量の範囲内でなされたものであるので適法である。
(三) 本件除名処分の手続に違法はない。
すなわち、本件除名処分の通知は、本件除名処分当時、原告が勾留中であり、議事録の作成が平成九年二月二八日になったことから、同日発送し、同年三月一日に原告に送付された。
本件除名処分当時、原告は勾留中であり、その弁解を聞くことは不可能であった。
また、被告は、平成九年三月、被告会長が原告と面談して、右刑事事件に関する原告の主張を聞いた。そして、原告が本件除名処分の再審査と取消しを申し立てたのに対し、平成九年三月一〇日、常任理事会において再度検討し、本件除名処分を取り消さず、維持する旨決議した。
また、平成九年二月二八日の被告定例総会において本件除名処分は承認された。
(四) 本件除名処分は、原告の行為の重大性に照らせば、権衡を失したものではなく、懲戒権の濫用はない。
また、被告は、京浜川崎ジムの代表者を原告から原告の妻Bに変更し、同人が会員となることを承認しているので、本件除名処分の結果、京浜川崎ジムの営業に支障が生じたことはない。
原告がプロボクシング試合の主催ができなくなったのは、JBCから平成八年一二月二四日プロモーターライセンスの無期限停止処分を受けたためであり、被告から本件除名処分を受けた結果ではない。
なお、京浜川崎ジムが代表者を変更した経緯に照らせば、原告は、本件除名処分を黙示に承認したものというべきである。
三 主たる争点
本件除名処分の効力
四 当裁判所の判断
1 本件除名処分の経緯
証拠(甲一、五、六の1、2、七、乙一の1、2、二、五ないし七、八の1ないし3、九の1、2、一二、一三)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 平成七年五月三〇日、東燃燃株式会社(以下「東燃」という。)川崎工場において、硫化水素が漏泄し、株式会社藤伸興業(以下「藤伸興業」という。)から現場作業員として派遣されていた従業員三名が死亡した(以下「本件事故」という。)。
(二) 原告は、藤伸興業代表取締役齋藤一男(以下「齋藤」という。)から依頼された円谷勇藏(以下「円谷」という。)の求めに応じて本件事故直後から、藤伸興業総務部相談役等と称して、東燃との間で本件事故の補償について示談交渉に当たったところ、齋藤、円谷及び原告は、東燃から遺族に支払われる補償金の一部を遺族に交付せず、齋藤がこれを横領することを共謀し、遺族に対しては、藤伸興業が東燃の支払うべき補償金を立て替え払いするとして約五三一八万円を支払う一方、東燃との間では、従業員一人七〇〇〇万円計二億一〇〇〇万円の遺族補償金の支払をうける旨の示談を成立させ、齋藤が、自己の用途に費消する目的で、平成七年一〇月から平成八年二月までの間に、遺族名義の口座に預け入れられた右損害賠償金から一億五三八一万〇九五〇円を順次引き出して着服横領した。
原告は、齋藤らが遺族補償金の横領を企てていることを知りながらこれを認容して、藤伸興業が遺族らに賠償金を立替払することを提案し、遺族らが立替払を受けた賠償金以外には請求を放棄するとの条項を含む遺族と藤伸興業間の示談書、確約書、東燃との示談交渉を川口哲史弁護士に委任する旨の委任状などの各原案を作成し、右原案に従って、遺族らから委任状が取得されるなど、右横領事件の犯行遂行上、不可欠の重要な役割を果たした。
齋藤は、円谷に対し、原告に対する謝礼を含め一〇〇〇万円を支払い、原告は、円谷からの謝礼の支払を断ったものの、その代わり、円谷に京浜川崎ジム所属ボクサーの試合チケットを購入してもらったほか、同人と共同で事業を営み、同人に債務を負う関係にあった。
(三) 原告は、平成八年一一月二八日、(二)の行為について、横領の容疑で逮捕され、右逮捕は、新聞等で報道され、社会的な注目を集め、原告の加入する被告に対しても社会的非難が強まった。
(四) JBCは、平成八年一二月二四日、京浜川崎ジムについて以後かかる不祥事の起こらないように厳重に注意すると付言した上、京浜川崎ジムの会長である原告のプロモーターライセンスを無期限に停止する処分を行い、併せて、被告に対し、今後より一層社会的信用と健全なるボクシングの発展を図る方策を検討し、会員に周知徹底するよう勧告した。
(五) 原告は、平成八年一二月一九日、横領罪の容疑で起訴された。
(六) 被告は、平成九年一月一三日の常任理事会における決議により、原告の行為が被告会員及び被告の団体としての社会的信用を著しく傷つけた重大な行為であるとして本件除名処分をした。
本件除名処分当時原告が勾留中であったが、被告は、原告が同年二月二八日保釈されるのを待って、同年三月一日、原告に対し、本件除名処分を通知した。
(七) 京浜川崎ジムは、平成九年一月二七日、その会長を原告から原告の妻Bへ変更する旨を届け出て、被告及びJBCはこれを承認し、Bは被告の会員となった。
(八) 原告は、右保釈後、平成九年三月、被告会長に面談し、被告会長は、右刑事事件に関する原告の主張を聴取した。そして、原告は、被告に対し、本件除名処分の再審査と取消しを申し立て、同年三月一〇日、被告常任理事会は、被告会長の右聴取結果を踏まえて、右申立てを検討したが、本件除名処分を取り消さず、維持する旨決議した。
本件除名処分は、平成九年二月二八日開催の被告定例総会に報告され、承認された。
(九) 横浜地方裁判所川崎支部は、平成九年八月二九日、原告に対し、懲役二年執行猶予五年の有罪判決を言い渡した。
同裁判所は、その判決理由中で、右量刑を定めるについて、本件横領事件は、詐欺的要素が極めて強い事案であり、自己らの経済的利益のため人の死を利用した犯行であり、事故の刑事過失責任等を追求されて遺族との早期示談を望む東燃に対しては、遺族の雇い主という立場を利用し、様々な口実を用いて不当とも思われる多額の金員を要求し、一方、突然の事故により近親者を失っている遺族に対しては、言葉巧みに申し向けて、その信頼を獲得して委任を取り付けながら、これを裏切ったもので、犯行の態様ははなはだ悪質であり、遺族の受けた財産的損害はもとより精神的打撃も大きく、東燃の被った間接的被害や本件の社会的影響もたやすく看過できず、原告は、親交のあった円谷からの依頼によるとはいえ、本来何の関係もない本件事故の示談交渉に関与し、東燃側との交渉の具体的な展開に対応し、その知識を悪用するなどして、参謀的な役割を果たしたものでその犯状は悪質で、再犯のおそれも絶無とはいえないが、原告らが、当初から遺族賠償金全額を横領することを企図したものでないこと、原告らの要求がなければ本件横領の被害者たる遺族に支払われる遺族補償金額がより少額となったこと、遺族との間で示談が成立し、履行されたことなどの事情を斟酌して右量刑を選択した旨判示する。
(一〇) 原告は右判決に控訴したが、東京高等裁判所は平成一〇年三月九日右控訴を棄却し、これに対する上告も斥けられた。
2 本件除名処分の効力
(一) 民法は、社団法人の社員の除名に関する規定を設けていないが、社団は社員を必須の要素とし、社員がその社員総会等の機関を通じて運営する団体であるから、社員に社団の目的に反する行為がある等社団の構成員として相応しくない重大な義務違反があったような場合もなお当該社員を社団から排除できないとすれば、社団の存立自体を危うくするおそれのあることにかんがみれば、定款に定めがない場合であっても、組合に関する民法六八〇条を類推適用して、正当の事由のある場合には、社員総会の決議により社員を除名することができると解すべきである。そして、民法六八〇条について、組合員の除名要件を組合契約の条項により緩和し、組合員の一部から成る委員会等に除名の決定を委ねることも許されると解されることからすれば、社団においても、定款において除名の手続を社員総会でなく、社団の他の機関に委任することも許されるものというべきである。
以上の理は、被告のような権利能力なき社団においても異なるところはなく、本件会則三七条は、被告がその規約において右除名を含む会員の懲戒に関する事項をその機関である常務理事会に委任したものと解すべきであるので、被告の常務理事会は、会員について社団の目的に反する行為がある等被告の構成員として相応しくない重大な義務違反がある場合には、正当の事由があるものとして、除名することが許されるものというべきである。
(二) 本件会則においては、会員の品位の保持と改善進歩を図ることを被告の主な目的のひとつとして掲げた上(四条)、会員に対し、業界の正義と礼節を顕現するものであることを自覚しなければならない旨(八条)、絶えず人格を錬磨し、強い責任感と高い品位とを保持しなければならない旨(一〇条)、業界の内外を問わず、礼節を守るとともに、公私混同の態度があってはならない旨(一一条)を定めているのであるから、会員に対し、品位を保持し、自己の会員としての社会的信用や団体としての被告の社会的信用を傷つける行為をしない義務を定めているというべきである。
前判示の事実によれば、原告が横領罪の共同正犯たる行為を行ったところ、原告の右行為は、刑事犯罪に当たるというだけではなく、刑事一審判決の判示するように、詐欺的要素が極めて強く、自己らの経済的利益のため藤伸興業従業員の死を利用し、遺族との早期示談を望む東燃に対しては、遺族の雇い主という立場を利用して多額の金員を要求する一方、突然の事故により近親者を失った遺族に対しては、その信頼を獲得し委任を取り付けながらこれを裏切るなど、その犯行の態様も社会的に強い非難を招く犯罪行為について、犯罪遂行上、不可欠な重要な役割を果たしたものであることが認められる。
そして、被告は、ボクシングジムの主催者として、これを経営し、そのジムに所属する多数の選手を指導する立場の者を正会員する団体であり(本件会則一四条)、原告のこのような行為は、その行為の態様、性質において、ボクシングジムの経営者、選手の指導者としての適格性を否定されてもやむを得ないもので、社会的にも到底是認する余地のないものであり、これが報道されるなどして社会的にも多大の注目を集め、社会的に強い非難を受けていたことも考え併せれば、原告の右行為は、原告の被告会員としての社会的信用のみならず、このような行為をした者を正会員として加入させている被告の団体としての社会的信用をも著しく損なう重大な義務違反行為に当たるというべきである。そして、被告が会員の品位の保持と会員に対する指導監督を主な目的とする団体であることに照らせば(本件会則四条)、原告の右行為は、被告の団体としての目的に反し、被告会員として相応しくない重大な義務違反に当たり、義務違反者を排除できないとすれば、被告の団体としての存立を脅かすおそれもあるものというべきである。
(三) 以上によれば、本件除名処分は、正当の事由に基づくものであり、違法はないというべきである。
(四)(1) 原告は、本件除名処分が、その根拠規定を欠き無効である旨主張するが、右主張に理由のないことは前判示のとおりである。
(2) 原告は、本件除名処分に手続上の違法があるので無効である旨主張し、前判示の事実によれば、被告常任理事会は、本件除名処分前に原告に弁明の機会を与えていないことが認められる。
しかし、本件会則には、懲戒処分前に被懲戒者に弁明の機会を与えるべき旨の規定は設けられていないこと、本件除名処分当時、原告は勾留中であって、その弁明の機会を与えることは困難であった上、原告の行為に対する社会的な注目と非難の大きさに照らせば、被告がその団体としての前記目的を達するためには、除名処分を原告が保釈されるまで待つことが困難な状況にあったこと、被告常任理事会は、原告の保釈後、原告の本件除名処分の再審査と取消しの申立てを受け、被告会長が原告と面談し原告の主張を聴取した結果を踏まえて、これを再検討した上、本件除名処分を維持する旨決定したことに照らせば、本件除名処分について、これを無効とする手続上の違法があったとは認められない。
また、原告は、本件除名処分の通知を受けていない旨主張するが、本件除名処分が、同年三月一日原告に対し通知されたことは前判示のとおりである(なお、原告自身、甲第二号証中で、身柄が釈放された同年二月二八日の翌日ころ、本件除名処分を知ったことを自認している。)。
したがって、原告の右主張は採用できない。
(3) 原告は、本件除名処分が、過去の犯罪による逮捕者と比較しても著しく重く、ボクシングジム経営者にとって著しい不利益を与えるのであるから、権衡を失し懲戒権の濫用に当たり無効である旨主張する。
しかし、原告の右行為は、ボクシングジムの経営者、選手指導者としての適格性を否定されてもやむを得ない社会的にも到底是認する余地のない行為であり、被告会員としての社会的信用のみならず、このような行為をした者を正会員として加入させている被告の団体としての社会的信用をも著しく損い、被告の団体としての目的に反し、被告会員として相応しくない重大な義務違反に当たり、義務違反者を排除できないとすれば、被告の団体としての存立を脅かすおそれのあることは、前判示のとおりであるから、過去の犯罪行為者に対する被告の処分内容や原告の受ける不利益の大きさについて、原告が主張する点を考慮しても、なお重きに失するとは認められない。
また、原告は、本件除名処分が、平成六年三月実施の被告会長選挙において、原告が選挙管理委員長として現会長の当選無効を主張したことに対する報復である旨主張するが、前判示の本件除名処分の理由となった原告の会員としての義務違反の重大性に照らせば、本件全証拠によっても、原告の右主張事実を認めることはできない。
最後に、本件除名処分が事実的基礎を欠くことを認めるに足りる証拠はなく、本件全証拠によっても、本件除名処分が被告常任理事会の権限濫用に当たるとは認められない。
3 以上によれば、原告の請求は、理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 大竹たかし)